ブラック・ブラック・ホーリーナイト

ブラック・ブラック・ホーリーナイト ショートショート

《オカルト研究会の先輩と後輩と何か》
約3,800字
「クリスマス×ホラーアドベントカレンダー Advent Calendar 2025」参加作品です。12/9の担当をさせていただきました!

あらすじ
 クリスマスの夜、サークルのスキー合宿で起きた不思議な出来事。

Rating
 全年齢
 ※軽度の恐怖・犯罪の描写があります。
 ※利用規約に同意の上でお読みください。


 クリスマスにやることといえばブラックサンタクロースの召喚。それがオカルト界隈の常識である。
 良い子にプレゼントを配る普通のサンタクロースとは違い、ブラックサンタクロースは悪い子を懲らしめるナマハゲ的な存在だ。
 召喚の手順は簡単。供物として牛の臓物を捧げ、蝋燭に火を灯して悪行を白状する。つまりモツ鍋を囲み、アロマキャンドルを灯して「AIに書かせたレポートで単位もらえた」「パチ屋の傘借りパクしたまま」などと通常通りの会話をすればいいだけ。
 ――それで本当にブラックサンタクロースが現れるなんて、思いもしなかった。
「ど、どうしよう……! あんなのが本当にいるなんて……!」
 ガレージに逃げ込んだ僕は、積まれたタイヤの脇にしゃがみこんでガタガタと震えていた。つい十分前まで温かな部屋で鍋を囲んでいたのに。オカルト研究会のスキー合宿。菅平高原の小綺麗なロッジ。オカルト関係ないすね、いや今儀式中よ? なんて。笑い合っていた。黒い装束に身を包んだ身の丈二メートルの怪人が窓ガラスをぶち割って飛び込んでくるまでは。
 全力で逃げた。誰かの断末魔を背中越しに聞いた。振り返らずに走った。みんな散り散りになってしまった。僕はなりゆきで遠山先輩と二人でここに逃げ込んだ。
「電波通じますか!? は、早く警察に……!」
 遠山先輩を見上げながら尋ねると、液晶の光で照らされていた顔が僕の方を向いた。
「え? ああ、電話ね。どうかな、まだ試してない」
「今までずっとスマホいじってたのに!? なにやってたんすか!?」
「それがさ、10連ガチャが無料だから今日の分をやろうと思ったのにアクセスできないんだよね」
「こんな時にゲームやってんじゃねーよ!!!!」
 叫んでから一拍の間を置いて。ガシャン! とド派手な音を立ててシャッターが波打った。
「びゃっ!?」
「ほらあ、野々原くんが全力でツッコミを入れるから。見つかっちゃったね」
 のんびりとした遠山先輩の声ごとたたき潰すような勢いでシャッターが叩かれる。ガシャン! ガシャン! ガシャン! 何度も。執拗に。ガレージの中にいる僕たちを必ず殺すという意思が音に乗って押し寄せてくる。
 ブラックサンタクロースが部屋に飛び込んできた時、その姿を見た。長い舌。鋭い牙。ヤギのような角。手にはぎらつく斧。どう考えても化け物だった。いや、仮装に決まっている。ブラックサンタクロースなんかじゃない、気のふれた殺人鬼だ。どちらであってもピンチに変わりはないけれど。
「やっぱり電話は繋がらない。ネットもダメ。なんでだろ。これも怪奇現象かな?」
 こんな状況にも関わらず、遠山先輩は電子タバコを吸っていた。その余裕ぶりに唖然としている僕に微笑みかけて「まあ普通に通信障害か」と呟いて白い煙を吐く。
 ――なんだこいつ。
 遠山先輩の異常な落ち着きぶりが恐怖感を中和する。部屋着のまま何も持たずに逃げ出してきた僕とは違って、遠山先輩はしっかりと黒いダウンを着込んでいた。スリッパまで履いている。
「あんた、なんでそんなに余裕なんですか……?」
「俺、闇金で金借りてるんだよね。返済日は二十日だったから、もう三日以上超過してるわけ」
 ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガレージを破ろうとするブラックサンタクロースの勢いはより激しくなっていく。シャッターから斧の刃が突き出る。遠山先輩は意味のわからない話をしている。僕はいざとなったら遠山先輩を盾にして逃げる算段をしながら武器になりそうなものを探した。
「だからもうすぐ……来ると思うよ」
 遠山先輩のつぶやきを合図に、遠くからエンジン音が鳴り響く。徐々に近づいてきたそれは、ガレージの前でブレーキ音とド派手な衝突音を響かせた。
「……っ! ボケェ……! コラ……ッ!」
 続いて揉み合う音が聞こえる。ドスンッ! ドゴッ! ドォンッ! やがて静寂が訪れ――ガシャン! と再びシャッターが叩かれた。何者かが、斧で切り裂かれた鋼の隙間をギギギとこじ開ける。
「ヒッ……ヒィイイイ!」
 恐怖が限界を超えるとマジで「ヒィ」という悲鳴が出る。知りたくなかった知見を得ながら後ずさる。薄暗いガレージに、外に停められた車のライトが強烈に差し込む。逆光に浮かび上がったシルエットは、ブラックサンタクロースのものではない。怪人よりも小柄な誰かは力ずくでガレージ内へ侵入を果たし、遠山先輩の襟首を掴み上げた。
「コラァ! このヨゴレが! スキーなんか楽しめる身分じゃねえだろテメエは! 金返しやがれ!!!!」
「いやあ、すんません、こんなとこまでわざわざ」
「次に返済期日を守らなかったら海外旅行っつっといたよなァ! パスポートは押さえてある、今すぐ飛ぶぞ!」
「内臓は勘弁してくださいよぉ〜。単位もやばいし」
 遠山先輩を締め上げている人物の顔は逆光でよく見えない。正体不明だが、少なくとも人間の言葉を話している。僕は恐る恐る尋ねた。
「あっ、あのっ、ブラックサンタクロースは……?」
「ああっ!?」
 会話の内容からして借金取りなのだろう。借金取りが僕の方を向き直る。金色に染めた髪とピアスがいかついが、歳は僕たちとそう変わりなく見える。借金取りは腰を抜かしてへたり込んでいた僕の様子を見て幾分表情を和らげた。
「サンタ……ああ、なんか黒い? コスプレしてたやつ? ちょっと車をぶつけちゃってね。降りて謝ろうとしたら全然元気で喧嘩売ってきたからぶっ飛ばしたけど」
「身の丈二メートル超えで斧を振り回してる狂人をぶっ飛ばしたんですか!?」
「空手やってたから」
 借金取りは照れくさそうにはにかんだ。空手ってそこまで無敵ではなくない? 恐る恐るシャッターに空いた大穴から外の様子を伺うと、ブラックサンタクロースは雪に埋まって巨体を痙攣させていた。マジか。呆然としている間に借金取りは遠山先輩の首根っこをつかんで踵を返した。
「おら、行くぞ。お友達と腎臓にさよならを言え」
「えーん、助けて野々原くん」
「えっ!? ああ……ええ……どうしよ……」
 正直助けなくていいと思う。でも今ひとりにしないで欲しい。僕が悩んでいる気配を察知した借金取りは足を止めて振り向いた。
「どうかな、この人でなしのクズを助けたかったらキミが肩代わりしてくれてもいいよ。今月分の支払いと足代を合わせて7万。現金じゃなくてPayPayでも払えるよ」
 この人はこの人でやばい。倫理が死んでいる。だが道理は通る。金を払う意思さえ見せておけば、ブラックサンタクロースが意識を取り戻して再び襲いかかってきても撃退してもらえるはずだ。
「……じゃあ、部屋に諸々置いてきたんで、一緒に来てもらっていいですか」
 強面の借金取りは、哀れな子羊である僕に向けてにこりと笑った。

 借金取りが引き揚げてからしばらくして、ようやく警察がやってきた。それぞれ重軽傷を負った面々は病院へ搬送された。事情聴取でありのままの出来事を話した僕は薬物検査を受けることになった。もちろんドラッグになど手を出していないので、警察官は余計に困惑していた。
 車に轢かれて殺人空手でボコボコにされたブラックサンタクロースは忽然と姿を消していた。警察は通り魔の犯行と推定して捜査を進めるらしい。結局あれが本物のブラックサンタクロースだったのか、気のふれた殺人鬼だったのか、今のところわからない。
 一通り聴取が済む頃には、すでに日が昇っていた。
「先輩、闇金で金を借りたらダメですよ」
 ロッジのロビーで。牛乳パンを食べていた遠山先輩は、きりりと表情を引き締めて僕に向き直った。
「でもね、野々原くん。借金は絆なんだよ」
「……絆?」
「だってこんな俺のことをあんなにも熱烈に追いかけてきてくれる人なんて、他にいないよ」
「そりゃ借金取りも仕事なんだから仕方なく追いかけてくるんでしょうよ」
「まあそうなんだけど。でも絆のおかげで俺は呪いのビデオテープを観ても、呪いの家を探索しても、こうして生きていられるわけ」
「あの人貞子も伽耶子もぶっ飛ばしたんですか!?」
「空手ってすごいよね」
「いや、もう、それは……空手の域を超えてるでしょ……」
 呪いの最凶タッグをぶっ飛ばしたというのが遠山先輩の作り話だとしても、ブラックサンタクロースを撃退したのは事実だ。一体あの借金取りは何者なんだ。反社のくせに笑顔が案外優しかったな、などと考えていたら、遠山先輩がぽつりとつぶやいた。
「やっぱりブラックサンタクロース程度じゃかなわねえなぁ……」
 もぐもぐ。僕が奢ってやった牛乳パンをよく噛んで嚥下する。そんな遠山先輩の横顔を見つめているうちに、嫌な考えが脳裏をよぎった。
 サークルの他の先輩たちは毎年クリスマスにモツ鍋を囲んでいると言っていた。当然だがブラックサンタクロースが現れたことはなかった。しかし今回に限ってこのざまだ。今までと違っていることといえば――今回のスキー合宿の幹事は遠山先輩だった。やけに新鮮なモツを手配して調理したのも、獣臭い蝋燭をアロマキャンドルだと言い張って部屋中に配置したのも遠山先輩だ。
 つまり。遠山先輩が借金を踏み倒す目的で、正確な手順を踏んでブラックサンタクロースを召喚した。サークルのメンバーどころか、無関係な他の宿泊客まで巻き込んで。
 のほほんとした遠山先輩が、急に禍々しいオーラを放っているように思えて、咄嗟にソファから腰を上げて距離を取る。そんな僕を見て、遠山先輩はへらりと笑った。
「俺と野々原くんもまた絆で結ばれているんだよ」
 ひとまず僕が立替えてやった、なけなしの7万円。「絶対返してくださいよ」と念を押して借用書も書かせた。
 ――帰ったら空手を習おう。そう心に誓いながら、僕は人でなしのクズから目を背けた。

コメント

  1. 朝本箍 より:

    ましろさん、改めてご参加ありがとうございます!朝本箍です。
    作品を拝読しましたが、まず冒頭の一文から作品に惹き込まれ、そのまま勢いで読み切ってしまいました。全体的にコミカルな印象ではありますが、ブラックサンタクロース、遠山先輩、借金取りと突っ込まざるを得ない怪異?の連続に、本当に怖いものとは何か?と考えさせられました。遠山先輩、怖いのですが!
    ここからどうなるのかな、という期待もしつつ……クリスマスのシリーズになったりしないかなと思ってしまったり。
    今回は素晴らしい作品をありがとうございます!嬉しいです✨️好きです!

    • 朝本さん!アップした当日にコメントくださっていたのに今頃気づいてアワワワワ!とんだ不義理野郎でまことに申し訳なく……!
      ご感想本当にうれしいです!朝本さんにご感想をいただけたおかげで、なんだかキャラに愛着がわいてきて、続きを書きたいなぁという気持ちがむくむくと育っております。ここからどうなるのか今のところ想像もつきませんが(笑)
      素敵な企画をありがとうございました~!

  2. のて より:

    はじめまして!アドベントカレンダー企画からこちらに来ました。
    めちゃくちゃ面白くてあっという間に読み切ってしまいました!

    <以下ちょっとネタバレ気味です>
    始めは、もしや借金取りがブラックサンタに!?スプラッタ!?と思いながら読んでいたら真逆でそこからの流れが最高に面白かったです。最後一番怖いのは遠山先輩と先輩の信じる「絆」というのがまた堪りません!情景描写がすごく脳内に映像を繰り広げてくれるのにそれでいてお話は着実に面白く進んでいくので、読み返して本当にすごいなと思いました。

    素敵で面白いお話をありがとうございました!

    • のてさんこんにちは!せっかくコメントをくださったのに返信が遅くてごめんなさい!
      ご感想ありがとうございます!もったいないお言葉……!めちゃくちゃうれしいです、ありがとうございます!!!
      初めて書いたホラーだったので不安でしたが、面白いと言っていただけて本当にうれしいです。

      BuleskyやXでのフォローもありがとうございました。そちらでもよろしくおねがいします!