《かしこい暗殺者&あたまのわるい暗殺者見習い》
約1,900文字
あらすじ
暗殺者とその弟子の日常。ブロマンス風です。
Rating
R15+
※暴力、恐怖、犯罪についての描写があります。
※利用規約に同意の上でお読みください。
「強盗を取り押さえるにしても、ここまでボコボコにする必要はなかったよな?」
「しえん」
「そんな『ぴえん』みたいな感じで私怨って言うな」
殴りすぎて手を痛めた俺に、あっちゃんはため息をついて「正当防衛にしてもやりすぎだろ」とつぶやいた。あっちゃんは頭がいいので色々な言葉を知っている。しえん、という言葉もあっちゃんから教わった。
売り物にならないジャガイモみたいな輪郭になった強盗の顔を覗き込みながら、あっちゃんが俺に尋ねる。
「こいつ、知り合いなの?」
「全然知らん。小学生の時に俺の事いじめた奴に似てたから力が入っちゃって」
「じゃあ私怨じゃなくて八つ当たりじゃねえか」
そうなんだ、しえんと八つ当たりは違うものなんだ。あっちゃんのおかげで俺はまた一つ賢くなった。
あっちゃんが俺に向ける眼差しが心なしか柔らかくなる。
「いじめなんて、つらかったな」
「うん……あんまりつらいからそいつの家燃やした」
「放火!」
「『そうか』みたいな感じで放火って言うなよ〜」
「そんな感じでは言ってねえよ! 子供の頃の事とはいえ犯罪じゃねえか!」
「ううん、放火したのはつい最近。ふっと思い出したらムカついてきちゃったので、つい」
「つい、じゃねえよ! 火は関係のない他人を巻き込むから絶対にやめろってあれほど言って聞かせたのにこのクソバカが!」
「まあまあ、今は真面目に仕事しよ」
「それはそう! バカに言われる正論ほど腹立つものはねえなクソッ!」
あっちゃんは床に転がっていた強盗の死体を蹴り飛ばした。八つ当たりだ。
「処理する死体が増えちゃったねえ」
床には死体が三つ転がっていた。一つはこの豪邸に住んでいたおっさん。このおっさんを殺すのが俺たちの本来の仕事。眠っていたおっさんを安らかに窒息死させるところまでは順調に進んだ。それから偽装工作をしている最中に、目出し帽を被った三人の男たちが侵入してきた。そのうち二人はあっちゃんがサプレッサーつきのFNX45で殺して、残りの一人は俺がぶん殴って昏倒させた。目出し帽を剥いだらいじめっ子に似ていたので、俺は勢いでバカスカ殴りまくった。
その間にあっちゃんは男たちの鞄を漁っていた。ボストンバッグに詰め込まれていた所持品はガムテープ、手錠、ロープ、包丁、バールのようなもの。
「闇バイトの小僧どもだろうな。まったく、老人を痛めつけて金を奪おうだなんて野蛮な奴らだよ。お前も過度な暴力はやめろ」
俺に説教をしながらあっちゃんは気絶した男のこめかみに銃口をあてがって引き金を引いた。あっちゃんは優しいので殺す相手に余計な苦痛を与えない。死体は蹴るけど。
「本来の対象者は予定通り、風呂中の溺死として片付ける。俺が沈めてくるから、お前はこいつらを梱包しておけ」
「あーい」
想定外のことだけれど、ガムテープやロープはうまいこと揃っている。俺はあっちゃんに褒められたいので、きっちりと死体を梱包してから、指示される前に血痕を掃除した。
急遽調達したセレナを走らせて、とある宗教団体の私有地へと向かう。お布施という形で使用料を支払うとゴミ焼却炉を使わせてもらえる。何を燃やすかはあなた次第。廃棄物が灰になるまで、俺たちは車の中で待機だ。
「手を見せてみろ」
暇すぎるから手相でも見てくれるのかな、と思ったけれど、あっちゃんは手当てを始めた。強盗を殴りすぎて腫れた俺の手。器用なあっちゃんは、俺が切り傷を負った時も傷口を縫ってくれた。
「もう無茶するなよ。あと放火もやめろ」
「あい」
俺の手当てを終えたあっちゃんは運転席のシートを倒し、目を閉じた。低電力モードの時に話しかけると怒られるので俺も大人しく膝を抱えた。
俺はあっちゃんにこの稼業のいろはを教わっている。本名は知らない。暗殺者なので「あっちゃん」と呼んでいる。あっちゃんは俺のことを「お前」とか「バカ」とか呼ぶ。
口は悪いけど優しい。俺の親を殺したあっちゃんは、どうしても燃やしたいとねだる俺のわがままを聞き届けて、実家を灰にしてくれた。きっとあっちゃんは放火なんて他人様の迷惑になるようなこと、後にも先にもしないだろう。俺のために、一生で一度きり。あの時放たれた火の明るさの中で俺は生きている。
火は好きだ。遠ければ目印になる。近寄ればあったかいし、触れたら火傷する。抱きしめ続ければ消し炭になる。
「――いつか俺がヘマをして警察に捕まったらさ」
俺が呟くと、あっちゃんは薄目を開けて俺を睨んだ。
「全部あっちゃんに罪をなすりつけて俺は仕方なく従ったことにするよ」
「ぴえん」
普段のあっちゃんなら絶対にしない言葉遣いをしたのが面白くて、俺はゲラゲラ笑った。そんな俺を見て、あっちゃんは「バカ犬」と囁いて、ちょっとだけ笑った。
コメント